月夜見

   “冬の初めのサプライズ”  〜月夜に躍る]]T


クリスマスまであと1カ月だぞという、
所謂“アドベント”の期間へと入ったせいか。
景気が良かろが悪かろが、
世間様もどこか“特別”な空気を意識し始める頃合いで。
子供らが何とはなくワクワクするのは共通なれど、
大人たちの側はそうは行かない。
例えば年度末の決算が待ち構えている職場では、
これぞ最後の正念場、
新しい年をゆったりと迎えたければ…との鞭が入り始める頃合いでもあるし。
工場や工房でも年末商戦へ向けての大車輪が始まる頃合い。
そしてそして、消費者へ直結している部門じゃあ、
書き入れどきぞとの、ここぞとばかりの大車輪をし始めていて。
それらへ合わせてだろう、物品の流通も最高潮を迎え。
情報と同じほど、物品も即日にその手へ…なんてのが当たり前の昨今。
速さでは航空便にかなわぬが、
物流センターがしっかりしていて在庫の備蓄がしっかりしている配送部門ほど、
途轍もない量を安価でというクチも少なくはなく。
そういった大分限には相変わらず人気の船舶輸送が、
その活動の重要基地港とし、貨物船が忙しく立ち寄るとある港町もまた。
町にお住まいの皆様には、
いよいよのクリスマスが間近いぞという、
心弾むホットな空気が満ち始めていたのだが。


  「……ゾロのバカヤロ。」

   ………………お?


はめ殺しになった古めかしい窓から差し入る朝の陽が、
すすけた床板へ描いた四角い陽だまりを睨みつけ。
立てた片膝へ肘を引っかけ、
小さな背中は冷たい壁へとくっつけて。
結局、一睡も出来なかった寝台の上、
恨めしそうなお顔になって。
数刻ごとにぶつぶつと、
この坊やにはめずらしくも、
罵詈雑言を唱え続けているルフィだったりし。

 「…………。」

せっかくの週末に連絡が取れなくて。
せっかくの12月だってのも関係なく、
夜中に夜陰に紛れて跳梁なんてゆ、
サンタもどきのお仕事へと(?)引っ切りなしに依頼が入るのは、
腕がいいんだ、まま、しょうがないけれど。

 『…………っ!』

たまたま店の手伝いで、配達に出てたその帰り。
どちらかといや、労働者のねぐらの町が、
ここ数年でめっきりと観光地化したそのあおりか、
街にはしゃれた店も増え。
ブティックやらパティスリィやら、
女性がついつい覗き込みそうなショーウィンドウも、
今時分ならではの様々なディスプレイで飾られて、
場所によってはライトアップも華やかな…その中で。
ピリピリピリ〜〜〜っと高くて鋭い笛の音が鳴り響き、
パトカーのサイレンこそまだ遠かったが、
ザカザカだかだか、大人数の足音が街路へ通し寄せて。
たまたま通りすがりだった人たちが結構居合わせた通りは騒然とした。
もしやして大規模な捕物かなぁとか、
だったらあの彼じゃない?
おお きっとそうだ、という声を聞くまでもなく。

 『………。////////』

先行して来た白バイが、
危ないから場所を空けろと、
通行人をどんどんと押し出すのに引っ掛からぬよう、
またがったままだった配達用のスクーターを歩道寄りへ停めると。
ルフィもまた微妙にドキドキしながらも、
他の人々に倣って頭上を見上げれば。

 『待てっ!』
 『…っちへ行ったぞっ!』

雑音や“き〜〜んんっ”というハウリングをかぶらせての、
耳障りな無線のやり取りに追われつつ。
ビルの一角からバサァッと、
まるで落ちて来たような勢いで、だが、
すんでのところで街路樹の梢へ捕まった、結構な塊があって。

 『あれは…っ。』

何か落ちて来たのかと、女性が何人かキャアッと悲鳴を上げたが、
却ってそれが“こっち”と教えた格好になったか。
人々の注意が全部集まったその街路樹が、
警察車両が慌てて灯したライトで煌々と照らし出され、
眩しそうに腕で顔をかばった…誰かが確かにそこにはいたのだが。

 『うわ…すげぇ、』
 『ねぇ、あれって“大剣豪”よねぇ。』

はっきりとは顔や姿が明らかになってはないが、
それでもその活躍は
もはやこの港町にて知らない者のない大怪盗。
二十代後半か、いやいやもう結構な年じゃないか?
今 飛び回ってるのは二代目だって訊いたよ?などなどと、
様々な憶測が飛び交い、都市伝説にもなりつつある存在だが。
地上10m以上は優にあろう、ビルの屋上から街路樹目がけて飛び移り、
そこからどこかへ移ろうと目論むような荒業を、
ものともしない盗賊ともなりゃ、
こればっかりは他の類似品…もとえ、偽者じゃあなかろうし、

 『観念しなっ、盗っ人めっ!』

さすがに警察が“怪盗○○”なんて呼びかけては沽券にかかわるか、
そんな言いようで拡声器を彼へと向けた、
幹部格のお人なのだろ、制服姿の警察官があって。

 『警護の陣を破った弾み、怪我をしたはずだ。
  これ以上の逃走はそれへも響くぞっ!』

そう…居合わせたことから、
この捕り物を見守る格好になった市民の皆様も、
ついのこととて一様に息を引いたのが。
目映い光からかばわれたその男の顔の半分ほどが、
黒っぽい血で汚れていたからで。
頭か額か、少なからぬ流血を伴うほどもの、
間違いなく怪我をしている彼であったから。

 “……そんな…。”

決して器用とは言えず、力技での仕事になるのもしばしばで。
普段からも生傷の絶えなかったゾロじゃああったが。
あそこまでの大きなそれを負ったなんてのは、
少なくともルフィが相棒になってからは見た覚えがない。
だって、そこまでの失態は、
そのままその身を相手へ捕獲される恐れへ近づくことでもあって。
そうならぬためにと、下調べを入念にし、
様々に仕掛けを用意したり、それなりの細工を施す彼だのに。
PCがらみの手の込んだ策こそ使わぬが、
それでもそんな手があったかとルフィが驚嘆するような、
さすがは場数を踏んだ大人だと思わす どんでん返しも結構あって。
そんなせいで、自分への声かけがなくとも、まあゾロなら大丈夫だろと。
拗ねることはあっても、案じることは少なかった筈なのに…。

 『あれって…目許だよな。』
 『ああ。きっとバランスが取りにくくて追いつかれたんだ。』

周囲にいた若者が、デジカメの望遠で見やったらしい樹上の人物は、
頭を黒っぽい布で巻き、顔も下半分はジャージらしき布で覆っていたものの、
ぐいと大きな手で拭った左の目許には、
痛々しいまでの大きな傷が、
まぶたを頬へ縫い止めるようになって走ってて。

 “なんで、そんな…目なんて急所じゃんかよっ。”

あのゾロがそんな失態しでかすなんてと。
人垣の隙間から、見たくもないのに目に入った映像へ、
全身の血が引いたような気がしたルフィであり。

 『…あ、逃げたっ。』
 『凄げぇけど…ダイジョブなんかな。』

ざわめきがそちらへ移動しかかり、だが、
警察の規制線が張られて押し戻されて。
そんな雑踏の中で、一緒くたに揉まれていたルフィは、
ハッと気がつくと店のある通りの入り口へまで押し戻されていて。
どれほどのこと呆然としていたか、それさえ思い出せぬまま、

 『……っ。』

くうと喉奥を詰まらせると、スクーターにまたがり直し、
そのまま古ぼけたアパートを目指して、夜中の町を駆けに駆けたのだが。

 「……………。」

当たり前といや当たり前な話で、
場末のアパートに構えたねぐらには、その姿もないままなゾロであり。
怪我をしてなかったとしたって、
そうそう真っ直ぐ此処へ戻っては来なかろと、
ルフィもまた重々判っていたけれど。

 “……他って、じゃあ何処に行くってんだよ。”

追っ手を背負ってルフィやサンジのところに身を寄せるなんてこと、
まずは やらかさぬ彼だと知ってる。
他の知り合いが全くないではなかろうが、
それならそれで、こんな折に身を寄せるなんて、
そんな弱みを晒せる存在、
あの頑固者にいるとは考えにくかったし。

 “ウソップさんとこかなぁ?”

居るならいるで…何だか落ち着けない坊やでもあって。
だってそんなのってサ、
この自分より頼りにしてるってことじゃね?
そりゃあ、俺はまだ高校生で、
家だって何だって、サンジの世話になってる身だし。

 「〜〜〜〜〜。」

自分で数え始めた最初の一つ目で、
早くも萎みかかるほど、
今日はなかなかテンションが上がらない。
それでも出来ることはあるんだからと、
だから頼ってくれたっていいじゃんかと、
いつもだったらそう転んでるのにな。

  だってさ、だって……。




 「………おお、早くから来てやがったか。」
 「え?」

抱え直した両膝へ、お顔を埋めての身をちぢこめて。
何処でどうしているのかも判らぬ、
手負いの彼の容体をただただ案じていた筈が。
不意に掛けられたお声へと、いい反応で顔を向けて、

 「……………………………。」
 「どうし…っ、痛ってぇ〜なっ!」

信じられないものでも見るかのように、
ルフィが呆然としていたのが正味1分。
それは予測のうちだったのか、
余裕の笑みで覗き込みつつ、
“どうしたんだ?”と訊きかけたゾロだったのへ。
至近になってから繰り出されたのが、
結構いい間合いのカウンターパンチ1発で。

 「痛てぇな、じゃねぇっ!」
 「なにをいきなり怒り出すかな、お前はよ。」
 「怒らんでどーするっ! 怒らんでっ!!」

大事なことなので二度言いましたと、怒鳴ってから。
だが、憤懣に燃えていたルフィのお顔が、
次はほろほろとしおれての、
いかにもな泣きべそのお顔になったから、

 「あ…わっこらこら。待て、待てって。」
 「だって…、そ、そんな大きい傷こさえて来やがっ…っ。」

しゃくり上げる合間に放たれる声がまた、
絞り出すような悲痛さを込めての何とも幼いそれだったから、

 「待てって、ルフィっ。」

ま〜た小さい子泣かしてなんて、大家に厭味言われんのは俺だぞと。
全然、説得力のないお言いようをしてみる“大怪盗”さんだが、
泣かせた原因がその下にあるのだろう、
痛々しい包帯をぐるぐる巻きにしたお顔のまんまじゃ、
えぐうぐ泣き出した坊やが泣きやむはずもなく。

 「こ、こないだ仔猫を助けたときに、ナミさんから何て言われたよ。」

そう、結構な衆目のあった中で、
木の上へ駆け登って降りられなくなった仔猫を、
その身軽さでひょいと助けてやったことがあった彼で。
ところが、仔猫はよほどに怖い想いをしたか、
恩人のゾロの手へでっかい引っ掻き傷を残して去ったものだから。
そんな手だってこと、お務めの最中に相手に見られたらどうすんだと。
そんなことから身元が割れるなんて様にならんと叱られて、
せめて痕跡が消えるまではと、裏稼業を止められたくせに。

 「選りにも選って、そんなデカイ傷、作っちまってよっ。」

今度は街中で“あの傷は…”って怪しまれんじゃんかよと、
以前よりもまずい立場になったしまったことを詰るところは、

 “…なかなか冷静じゃねぇか。”

怪我したことを闇雲に案じられるかと、
それこそ そこをどうなだめるかと構えていたんだのにね。
まだまだ子供っぽくも真ん丸なお顔を、
涙でくしゃくしゃにしている腕白な弟子を見やりつつ、
殴り飛ばされた先から身を起こしたお師匠様。
立ち上がりまではせぬまま、その場で胡座をかくと、
短く刈った髪をわしわしと掻き回し、

 「…あのな、ルフィ。」

何だか調子が狂うと言いたいか、
それとも…段取り通りじゃないので勝手が判らんということか。
後ろ頭から少し上がって頭頂、
それから、そのまま頭全体をわしわしわしと、
シャンプーでもしてるかのよに満遍なく掻いてから。
その手が引っ掛かった包帯を、やおら手にすると、

 「ほれ。」
 「わあっ!」

ズボッと力任せに引き毟って外したゾロだったのへ、
そこはさすがに、昨夜、いやさ数時間前に、
ああも生々しい怪我を負ったの見たばかり。
そんなのを手当てした箇所だろうにと、
“何すんだっ”と驚いたルフィのお顔が、

 「え…………?」

呆気ないほどの勢いで、見事に一旦停止してしまう。
それもその筈で、精悍なお顔の左側、
拭ってもあふれる血に染まり、
目元にそりゃあ大きい傷があったはず…なのに。

 「………ない?」
 「そういうワケ……だっ。」

ふふ〜んと、勝ち誇ったように笑ったお兄さんの懐ろ目がけ、
壁から身を起こしつつ、どんと飛び込んでったルフィだったもんだから。
語尾と一緒に後ろざまに吹っ飛んだゾロであり、
何しやがるかとぼやきながら、その身を起こしかかったが、
ルフィの方はそれどころじゃあない。

 「何でだ? 俺、ゆうべ通りかかって見たんだのに。」
 「おお。配達の帰りだったんだろ?」

そちら様からも見えていたらしく、
つまりはそれほどに余裕の逃走劇だったようで。
負ったはずの深手は無いのだと、目の前で示してもなお、
合点がいかぬという顔をしている坊やだったので。
殴られるわ突き飛ばされかかるわと、
散々な目に遭っておりながら、
それでもお怒りは…するすると静まってしまったゾロだったらしく。

 “何て顔をしてやがるかな。”

手や腕でではなくの、
すがりつくような視線というの。
こんな間近で見るのは初めてじゃあなかろかと、
そうと思うと気が飲まれたからだが。
落ち着きなく揺らぐ瞳は、
何とか静めてやらにゃあなんねぇと、
思い直してから…言ったのが、

 「昨夜の騒ぎってのがあった後だけに、だ。
  お前がさっき言ったように、
  警察は俺を探すのに、
  顔に傷のある奴って目印に頼ることになる。」

 「……うん。」

ところが、これこの通りだろ? と。
自分で自分の目元を指差して、
やっぱり嬉しそうに口にするゾロであり。
日頃は実年齢以上に大人ぶってる男が、
今だけは ずんと子供のようなはしゃぎよう。

 「出来たての傷を持ってる奴にばかり気を取られ、
  ますますのこと、俺本人への警戒は薄くなるって寸法よ。」

 「? ふ、ふ〜ん??」

その理屈は判るけれど…?と、
まだまだ怪訝そうにしているルフィの
今はすっかりと気が抜けたらしい痩躯を、
そのお膝に余裕で抱えてあやしてやる…のだが。


  さぁて、
  一体どこで こんな態勢になってることへ、
  気がついての泡を食う“彼”なやら。

  彼らにとっての12月もまた、
  大騒ぎをもたらす月となりそな気配です。





   〜Fine〜  10.11.30.


  *怪盗“大剣豪”のゾロとしては、
   何かもっと大きい仕事を控えていての、
   それへ向けての“伏線”をばらまく段階だったようですね。

   …というワケで、
   このシリーズのゾロは、
   お務めの最中は、
   偽装の傷を貼ったり描いたりするやも知れませんが、
   日頃は無いということでvv

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

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